聖書別日ごとの糧   >>   創世記[2012]

2012年 08月 18日 (土)

創世記24:1-9
アブラハムの結婚観

Ⅰ.私の生まれ故郷に行き、妻を迎えなさい(1-4)
 神様は、老人になっていたアブラハムを、あらゆる面で祝福してくださいました。今彼には、息子イサクの家庭を築くという、一つの使命が残っていました。アブラハムは自分の全財産を管理している家の最年長のしもべに、このことを頼みながら言いました。「あなたはカナン人の娘の中から、私の息子の妻をめとってはならない。私の生まれ故郷に行き、・・・妻を迎えなさい。」(3,4)。カナン人はノアの三人の息子の中うち、ハムの子孫で、呪いを受けた部族でした(9:25)。彼らは神様を知らない偶像崇拝者たちでした。いくら人間条件が良くても、偶像を崇拝する女であれば、夫を誘惑して神様から離れさせ、結局偶像崇拝者にしてしまいます(申7:3,4)。一方、「私の生まれ故郷」はアブラハムが神様から召され離れたハランでしたが、そこには、神様を信じるセムの子孫たちが住んでいました。アブラハムは自分の息子イサクを、神様を信じる女性と結婚させようとする、はっきりとした原則を持っていました。
Ⅱ.御使いをあなたの前に遣わされる(5-9)
 アブラハムのしもべはイサクを連れて行くことを願いましたが、アブラハムは「連れて行かないように」とはっきりと言いました。彼は、神様が御使いを遣わされて、必ず息子イサクの花嫁を送ってくださることを信じました(7)。彼は、人間条件を見て来る女ではなく、神様が送ってくださる人を、息子の花嫁にしようとしました。

祈り:主よ!この地の両親と子どもたちに信仰の結婚観をくださり、健全な信仰の家庭を築き上げてください。

一言:信仰の結婚



2012年 08月 19日 (日)

創世記24:10-27
祈るアブラハムのしもべ

Ⅰ.まず祈るしもべ(10-14)
 アブラハムのしもべは、らくだ十頭と貴重な品々を準備して出発し、長い旅行の末、メソポタミアのナホルの待ちに着きました。彼にはイサクの妻になる人に会って連れて行かなければならない使命がありましたが、どこで、どのようにしたら良いのか、はっきりしませんでした。しかし彼はまず祈りました。神様が自分に、イサクの花嫁になる人に会わせてくださるように、切に祈り(12)、彼が井戸のほとりに立った時、彼に水を飲ませるだけではなく、彼のらくだにも水を飲ませる女性がいれば、彼女が神様の遣わされたイサクの花嫁とすると、祈りました。アブラハムのしもべは、神様が全てのことに置いて、導いてくださる方であることを信じました。それで、はっきりしない時、祈ることができました。
Ⅱ.感謝するしもべ(15-27)
 アブラハムのしもべが祈っていた時、リベカが水がめを肩に載せて出て来ました。彼女は非常に美しく、純潔な処女でした。また、彼が祈った通りに、彼に水を飲ませただけではなく、話せない家畜にまで水を飲ませました。彼女は勤勉で、親切であり、家畜にまでも気を配る愛がありました。また、彼女は、アブラハムが待ち望んでいたアブラハムの兄弟の家の娘でした。それで、彼はひざまずいて、主を礼拝して、賛美して、感謝の祈りをささげました。

祈り:主よ!全てのことに対して祈る、祈りのしもべにしてくださり、神様の導きを信じる信仰の人にしてください。

一言:まず祈るしもべ



2012年 08月 20日 (月)

創世記24:28-49
忠実なアブラハムのしもべ

Ⅰ.使命を優先したアブラハムのしもべ(28-33)
 リベカの話を聞いた兄ラバンは泉のところに走って行き、アブラハムのしもべを迎え入れて、家に連れて行き、丁重にもてなしました。足を洗う水が与えられ、おいしい食事も出ました。アブラハムのしもべは遠い道を旅したので、ひどく疲れ、空腹だったにちがいありません。彼はまず食事をして休んでから、余裕を持って話を進めることもできました。しかし彼はまず使命を優先させました。「私の用向きを話すまでは食事をいただきません。」(33)。彼は一瞬たりとも自分の使命を忘れませんでした。神様のしもべは自分よりもまず使命を優先させ、使命に忠実でなければなりません。
Ⅱ.忠実なアブラハムのしもべ(34-49)
 アブラハムのしもべはあくまでもアブラハムのしもべであることを明確にしました(34)。そして今まで起きたことを具体的に話しました。彼がこのように具体的に話したのは、神様が自らこのことを主管され、導いてくださったことを証しするためでした。そして彼が右か左に向かうことができるように、彼らの決断を促しました(49)。彼は本当に忠実なアブラハムのしもべでした。彼がこのように忠実なのは、神様を信じる信仰から出て来ました。任された者に求められるのは忠実なことです(Ⅰコリ4:2)。神様は忠実な人を喜ばれ、神様の救いの御業に尊く用いられます。

祈り:主よ!私が任された使命を忠実に担うことができなかった罪を悔い改めます。まず使命を優先させる者にしてください。

一言:任された者に任せられるのは忠実



2012年 08月 21日 (火)

創世記24:50-58
まいります

Ⅰ.このことは主から出たことです(50-53)
 アブラハムのしもべの話を詳しく聞いたラバンとベトエルが答えました。「このことは主から出たことですから、私たちはあなたによしあしを言うことはできません。」(50)。彼らはリベカの兄であり、あるいは父親として、彼らの思い通りにリベカを結婚させたかったことでしょう。しかしアブラハムのしもべの話を通して、このすべてのことが神様から出たことであることを悟りました。また、彼らは神様の導きの前で、自分たちがよしあしを言える存在ではないことを認めました。彼らは、リベカの人生を自分たちが主管しよとはせずに、神様にゆだねました。
Ⅱ.まいります(54-58)
 ラバンとベトエルはリベカを神様にゆだねると決断しましたが、少なくとも十日ほど一緒にいたいと思っていました。しかしアブラハムのしもべは自分の使命があるので、リベカをすぐに連れて行くことを願っていました。今、その当事者であるリベカが決定しなければなりませんでした。ところが彼女は、「まいります」と一言だけ答えました。彼女は、自分の夫になるイサクがどんな顔をしているのか、どんな性格であるのか、何も知りませんでした。ただ、この結婚が神様から来ていることを知り、「まいります」と答えました。彼女は、神様の御心なら、何でもできるという信仰と決断の人でした。神様は、神様を信じ、すべてのことをご自分にゆだねることができる人を、ご自分の救いの御業に用いてくださいます。

祈り:主よ!私に信仰がなく、「まいります」と言えなかった罪を赦してください。私を決断の人として用いてください。

一言:信仰によって、まいります



2012年 08月 22日 (水)

創世記24:59-67
幾千万の母リベカ

Ⅰ.幾千万の母リベカ(59,60)
 リベカの家族は、彼女の決断を尊く思い、彼女を祝福しました。「われらの妹よ。あなたは幾千万にもふえるように。そして、あなたの子孫は敵の門を勝ち取るように。」(60)。彼らは、将来リベカが幾千万の母になるビジョンを見て、彼女の子孫の中にキリストが誕生する望みを持ちました。幾千万の母とは、数多くの人々を抱いて育てる人を言います。一人を抱いて育てるためには、その人に対する深い理解と愛と忍耐が必要です。その短所とあやまちを担わなければならず、その長所と能力を生かさなければなりません。何よりもその人が神様の人として変えられるように、神様の御言葉と祈りによって、その人を養育しなければなりません。まして幾千万の母リベカはどうでしょうか。リベカは幾千万の母として、その夫イサクを信仰によって助け、また息子ヤコブを信仰の人として育てました。
Ⅱ.リベカを迎えたイサク(61-67)
 ついにリベカはアブラハムのしもべのあとについて行き、イサクのいる所に向かいました。一方、イサクは夕暮れ近く野に散歩に出かけ、黙想している時に、リベカの一行を迎えました。イサクはアブラハムのしもべから全てのことを聞いて、彼女を妻とし愛しました(67)。イサクもリベカをよく知りませんでしたが、神様が彼女を導いてくださったという事実から、彼女を妻として迎え、愛しました。

祈り:主よ!この時代の女性たちがわがままになって、役に立たない者になることより、多くの人を抱いて育てる母になるように、祈ります。

一言:幾千万の母


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