コリント人への手紙第一9:1-18(12)    [NIV]

この権利を用いないで

□6月15日(火)

パウロは、コリント教会の開拓者であり、復活したイエス様を目撃した使徒でした。当時の巡回教師たちは、自分が仕えている教会から生活費の支援を受けていました。ところが、パウロはコリント教会からのサポートを受けなかったことで、むしろ無能な使徒だと誤解を受けました。コリント教会の一部の人達は、教会が支援していないのなら、パウロは本物の使徒ではない、とさえ考えました。ここでパウロは弁明をします。パウロも、他の使徒たちのようにいくらでも教会から生活費の支援を受ける権利がありました。ケファ(ペテロ)のように妻を連れての働きをすることもできました。軍人がお金をもらっているように、農夫が自分の農園の実を食べるように、その権利は当然でした。律法には「脱穀をしている牛に口籠をはめてはならない」(申命記25:4)と書いてあります。脱穀機につながれた牛が、その重労働に疲れて喉が乾いたり、お腹が空いたりした時に、自由に飲み、落ちた麦を食べることができるようにしなさいとイスラエルの律法は命じていました。動物にさえ、その労働に対する気配りをこのようにするのであれば、福音のしもべに対しては、尚更です。

ところが、パウロはすべての資格を持っていたにもかかわらず、その権利を用いませんでした。その理由は何ですか。まず、キリストの福音に何の妨げにもならないようにするためでした。彼は自分の権利よりも、イエス・キリストの福音が宣べ伝えられることを、より大切に考えました。彼は聖徒たちの都合を誰よりもよく知っていました。そこで彼は、兄弟姉妹たちに全く負担をかけないようにと、自分で稼ぎながら福音を伝えました。第二に、彼の使徒としての誇りを守るためでした(15)。彼は最後まで自立的に働きながら牧者として生きることを望み、兄弟姉妹たちに少しでも重荷にならないことを望みました。福音を伝えなければ、わざわいだ、とさえ考える強い責任感の中で、神様から委ねられた務めに献身しました。パウロはこのように、福音を値なしで伝え、権利を用いないことについて、神様が賞をくださることを信じていました。



適用:正当な権利だとしても、福音のために全てを用いない姿勢がありますか

一言:福音に何の妨げにもならないように

【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。

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