聖書別日ごとの糧   >>   ヨシュア記[2013]

2013年 05月 06日 (月)

ヨシュア記5:1-15
もう一度割礼をせよ

 主がヨルダン川の水をからし、イスラエルを渡らせたという知らせに、カナンの全ての王たちはひどく恐れました。ところが、神様は攻撃命令の代わりに、「もう一度イスラエル人に割礼をせよ」と命じられました。敵を目の前にして、割礼を行なうことは、無謀なことに思えます。なぜ、このような命令を出されたのでしょうか。カナンの戦争が血肉の戦いではなく、神様の契約の民として戦う霊的な戦いだからです。荒野で生まれたイスラエルは割礼を受けていませんでした。割礼は、神様の民のしるしです。イスラエルがカナンの地に入って行くことよりも、神様の契約の民として入って行くほうが大切なのです。第二に、神様は、イスラエルが現実の状況よりも、神様を信じて、聞き従う信仰の戦いをすることを願われました。イスラエルが聞き従った時、神様は、「エジプトのそしりを、あなたがたから取り除いた」と約束されました。血肉で戦うことより、悔い改めて、神様の民として立つ方が、大切です。
 ヨシュアがエリコに近づいて行った時、抜き身の剣を持った人に出会いました。ヨシュアは、その人が自分たちの味方なのか、敵なのかを、尋ねました。ところが、その人はヨシュアの味方でも、敵でもありませんでした。その人は、主の敵と戦うために来た、主の軍の将でした。カナンの戦争は、主がその敵と戦う戦争です。イスラエルも主の側に立たないなら、主の敵になります。それで、まず主の前で足のはきものを脱いで、聖なる民として正しく立たなければなりません。主の側に、はっきりと立たなければなりません。

祈り:主よ!私がまず、心に割礼を受けて、神様の民として、はっきり立つように助けてください。

一言:まず割礼を受けなさい


<<(1)    前のページ(4)    5    次のページ(6)    (17)>>

聖書別日ごとの糧