聖書別日ごとの糧   >>   士師記[2024]

2024年 01月 18日 (木)

士師記2:11-23(22)
主の道を守って歩むかどうか

 イスラエルは世代交代し、もはやかつてのような主だけを礼拝することをしませんでした。主の目に悪であることを行い、もろもろの偶像であるバアルに仕えたのです。イスラエルの子孫は主を捨てました。もろもろの民の神々に従い、拝み、主の怒りを引き起こしたのです。神様は、イスラエルを周りにいる全ての敵の手に売り渡されました。これによりイスラエルは大きな苦しみを受けることとなります。どこに行っても主の手は彼らに災いをもたらします。これは、主がモーセを通してかつて誓われたことでした(申28:48)。それでも、神様はイスラエルを捨てられません。苦しみ叫び求めた時、主はさばきつかさを立てて、彼らを救ってくださいました。さばきつかさが生きている間、主は彼らを敵の手から救ってくださいました。しかし、さばきつかさが死ぬと、イスラエルは元に戻り、先祖たちよりもいっそう堕落して、ほかの神々に従い、それらに仕え、それらを拝みました。その行いや頑なな生き方から離れませんでした。彼らの悪い行ないは何度も繰り返されました。彼らが契約を破り、神様の御声に従わないので、神様も異邦の民を彼らの前から追い払わないと言われました。

 神様がイスラエルをカナンの地に導かれた目的は、罪の多いカナン人を滅ぼし、その地に神様の道を守る聖なる民が国を建てるためでした。彼らを祭司の王国とし、イスラエルによって全ての国の人々を救うためでした。ところが、イスラエルは主に選ばれたのに主を捨ててしまう罪を犯すのです。そのようなイスラエルを主は捨てられません。神様は敵を絶えず送ります。イスラエルは苦しみますが、罪を悟り、主に仕える民へと訓練されるのです。彼らが受ける苦しみには、神様の善なる御旨がありました。彼らが苦しみを通して謙遜に神様の御言葉を守り行なうようになるためだったのです。



祈り:私の日常も恵みが冷えるとイスラエルと同じことを繰り返していることを知ります。同じことの繰り返しではなく、あなたに忠実なものとして成長できるように日々私を導いてください。

一言:神様の道を守って歩むこと


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