聖書別日ごとの糧   >>   列王記Ⅱ[2013]

2013年 01月 17日 (木)

Ⅱ列5:1-14
ナアマンの従順

 アラム王の将軍ナアマンは偉大な勇士でしたが、一つの致命的な人生問題がありました。彼はツァラアトに冒されていました。ところが、イスラエルから捕虜として連れて来た若い女奴隷が、驚くべきことを口にしました。サマリヤにいる神の人が、ツァラアトを直してくれる、と言うのです。ナアマンは、女奴隷の言葉、それも捕虜として連れて来た若い娘の言葉を無視することもできました。しかし、その言葉を聞いて、イスラエルに向かいました。彼は謙遜な人でした。
 ナアマンは、自分のツァラアトを直してもらえる、と期待して、エリシャに訪ねて行きました。ところが、彼に会ったエリシャは、「ヨルダン川で、七たび身を洗いなさい。」という方向を与えました。「そうすれば、あらたのからだが元通りになってきよくなる。」とはっきりと言いました。ところが、それに対して、ナアマンは非常に怒りました。なぜなら彼は、主なる神様の名を呼んで、患部の上に手を置いて、ツァラアトを直してくれることを期待したからです。彼は、ダマスコの川とヨルダン川を比較して、怒りをあらわにしました。その時、彼のしもべたちは、「むずかしいことであっても、それを行なうのに、身を洗うことはできないのですか。」と説得しました。それで、ナアマンは自分の考えにとらわれずに、ヨルダン川に行って、七たび身を洗いました。御言葉通りに、七たび身を洗うことは、彼の完全な従順を意味します。すると、驚くべきことに、彼のからだは元どおりになって、幼子のからだのようになり、きよくなりました。彼は従順を通して、ツァラアトが癒されました。自分の考え、自分のこだわりを捨てて、聞き従う人々は、神様の力を体験します。従順は奇蹟の原動力です。

祈り:主よ!私が自分の考え、自分のこだわりを捨てて、従順の人になるように、助けてください。

一言:従順



2013年 01月 18日 (金)

Ⅱ列5:15-27
貪欲の末路

 ナアマンは従順によって、ツァラアトは癒されました。彼は大変喜んで、感謝しました。彼は感謝のしるしとして、エリシャに感謝の贈り物をしようとしました。しかしエリシャはその贈り物を拒みました。ナアマンはしきりに勧めました。しかし、やはりエリシャは強く断りました。彼はどんな代価も受け取ろうとはしませんでした。なぜなら、神様の恵みと力だけが現わされることを、願ったからです。彼には、役に立たないしもべの姿勢が、ありました。
 しかしエリシャに仕える若い者ゲハジは、主人が拒んだ贈り物が欲しくなりました。彼は貪欲に捕らえられ、分別力を失ってしまいました。彼はすぐにナアマンのあとを追いかけて、「エリシャがよこした」と偽りました。彼は銀二タラントと、晴れ着を二着持って行きました。ゲハジはナアマンをだまし、贈り物を取りました。彼は、エリシャまでだまそうと、もう一度偽りを言いました。貪欲は、偽りを繰り返します。しかし神様の人エリシャはだますことができませんでした。エリシャは、彼の罪を一つ一つ指摘し、さばきを宣言しました。結局、ゲハジはナアマンのツァラアトに冒され、その皮膚は雪のように白くなりました。貪欲は、全ての悪の根源です。金銭、名誉、権威、情欲などに対する貪欲は、初めから悔い改めて、芽をつみ取ってしまわなければなりません。つみ取らなければ、取り返しのつかないことに、なってしまいます。貪欲の行く先は滅亡です。私たちは貪欲を持つことより、今あるものに感謝し、満足しなければなりません。また、神様の御業に仕える時、その報酬を求めず、ただで受けたのだから、ただで与えなければなりません。

祈り:主よ!私が、日々、貪欲を悔い改めるので、貪欲の奴隷にならず、貞潔なしもべになるように、助けてください。

一言:貪欲の行く末は滅亡


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