聖書別日ごとの糧   >>   エズラ記[2019]

2019年 09月 23日 (月)

エズラ記3:1-13(13)
 賛美する人々と大声をあげて泣く人々

 バビロンから戻ってきた民たちは、自分たちの町にいましたが、第七の月が近づくと、仮庵の祭りを祝うために一斉にエルサレムに集まって来ました。祭司ヨシュアと総督のゼルバベルは、祭壇を築いてそこで律法に従って全焼の生け贄を捧げました。また、モーセの律法に書かれている通りに仮庵の祭りを祝い、毎日の分として定められた数に従って、日々の全焼の生け贄を捧げました。しかし、まだ主の宮の礎は据えられていませんでした。それで宮の建築のために石切工や木工を雇用しました。また木材の生産地であるシドンとツロの人々には、食べ物と飲み物と油を与えてレバノンから海路、ヤフォに杉材を運ぶようにしました。また、二十歳以上のレビ人を立てて主の宮の工事を指揮するようにしました。建築師たちが主の神殿の礎を据えました。その時祭司たちとレビ人達はダビデの規定によって主を賛美しました。主の慈しみ深い恵みを賛美しました。バビロンから戻って来て、主の神殿を建築し始める驚くべき神様の御業を考える人々は、主の宮の基が据えられるのを見て、喜びの叫び声を上げて賛美しました。しかし、祭司、レビ人、一族の頭たちのうち、最初の宮を見たことのある老人たちは、大声をあげて泣きました。
 神殿の基が据えられた時、ある人々は神様を賛美し、ある人々は大声で泣きました。捕虜生活から戻ってきて主の宮の基を据えるようになった、と考えた人は、神様を賛美しました。反対に、過去のソロモン神殿と比較した人は、大声で泣くしかありませんでした。過去の栄華を極めたソロモン神殿と比べてしまい、神様を賛美することが難しくなったのでしょう。しかし、捕虜生活から戻って来たという現実の中で驚くべきことを成された神様の働きを見た人は、過去には縛られません。そして神様を賛美することが出来るのです。


適用:何を見ていますか

一言:神様がなされる新しい事を見よ


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