聖書別日ごとの糧   >>   詩篇[2022]

2022年 08月 25日 (木)

詩篇118:1-29(22)
捨てた石、それが要の石になった

 永遠とは、変わることがない、終わりがない、尽きないことです。詩人は神様のいつくしみと恵みがとこしえだと言います。私の主がすばらしく、いつくしみが変わることなく、終わりがない事実がどれほど感謝でしょうか。主に感謝し、賛美しましょう。いつくしみ深い主が詩人とイスラエルのために何をされるでしょうか。主が呼び求めに応じてくださいます(5)。常に味方となり、私を助けられます。主が味方されるなら、人や、高官、超大国も恐れる相手ではありません。彼らに頼り、助けを受けるよりも、神様が味方になってくださる方がずっと良いです。力ある者たちが蜂のように取り囲んで来ても、主が味方され、私を助け、彼らを断ち切られます。神様は私の咎と罪が大きくても、見捨てず、諦めません(18)。厳しく懲らしめることはあっても、死に渡すことはされません。主のいつくしみは変わることがなく、終わりがありません。主を仰ぎ見ましょう。主に頼り、呼び求めましょう。主が助けてくださいます。

 詩人やイスラエルに神様が味方してくださる理由は何でしょうか。彼らがすばらしいからですか。いいえ、家を建てる者が使い道もないとして捨てた、価値のない石のような存在です。しかし、捨てられた石のような彼らに不思議なことが起こりました。捨てた石が要の石となったのです。家の基準となり、家を支える基礎になります。捨てられた石のような彼らが高く上げられ、価値あるものとして栄光となります。いつくしみ深く、とこしえまで恵みある主のなさったことです(23)。主によって、捨てられた石のような者が要の石になる不思議な御業が起こります。この恵みを私たちも受けています。主が捨てられた石のような国や私を要の石としてくださいます。栄光ある者へ、価値のある存在としてくださいます。何より、主は人々に捨てられたイエス様を要の石とされ、私を義の門に出入りさせてくださいます(19)。義の門に堂々と入り、主に会い、賛美できます。



適用:私を要の石としてくださる主を見上げましょう

一言:不思議なことをされる主


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