聖書別日ごとの糧   >>   箴言[2024]

2024年 02月 13日 (火)

箴言24:1-12(3)
何によって家を建てているか

 悪者も栄えます。悪を行っているにもかかわらず、正しい者より裕福で、健康で、良い学校、良い職場に入り、成功します。こういう状況は正しく生きようとしている人を困惑させます。彼らを羨んで正しく生きることに疑念を抱くかもしれません。しかし、悪者が栄えることをねたんではいけません。彼らとともにいることを望んでもいけません。なぜなら、悪者の行き着く所は破滅であり、神様は時になると、その悪を裁かれます。私たちは、この世の成功を追い求めるのではなく、悪事と愚かなはかりごと、あざける心を捨て、神様の御前で正しく生きるための努力をしなければなりません。

 正しい者は知恵を追い求めます。知恵のある者の人生をよく見ると、彼らはまことに栄える人生を生きています。その家は知恵によって建てられ、英知によって堅くされています。部屋は知識によって、すべて尊い、好ましい宝物で満たされています。知恵のある人は力強く、知識のある人は力を増します。人生の戦場で、すぐれた指揮と多くの助言によって結局のところは、勝利を得るようになります。最後に勝利を得ることが、しばらくの間栄えて滅びるよりも、知恵のあることです。この知恵は、さんごのように高価で愚か者には届きにくいです。ただし、主を恐れ、義と善を求める者には与えられます。正しく知恵のある者は苦難の日に気落ちすることも、自分の力の弱さを見ることもありません。捕えられて殺されようとする者を救い出し、虐殺されようとする貧困者を助け出します。人の心を見抜いて評価する神様の御前で生きるなら、主はそのたましいを見守り、人の行いに応じて報いてくださいます。束の間の栄えよりも神様の報いを望むことが知恵のあることです。



祈り:主よ、私が崩れ去る世の宝物で人生の家を建てずに、神様の知恵と英知で建てるように助けてください。

一言:知恵と英知で家を建てなさい



2024年 02月 14日 (水)

箴言24:13-34(13、14)
蜜のような知恵

 知恵は私たちのたましいにとって甘い蜂の巣の蜜のようです。それを見つける者は、将来が与えられ、望みが叶えられます。知恵を見つけた正しい者は七度倒れてもまた起き上がります。どんな苦難にも屈せず、七転び八起きの信仰によって、再び起き上がるのでその望みは叶えられます。反対に、悪者は、しばらくは栄えても、良い終わりがなく、そのともしびも消えます。災難が起こると、つまずいて再び起き上がることができません。そういうわけで、知恵のある者は悪者のしばらくの栄えを羨みません。敵が倒れた時も喜ばずに心を痛めます。正しい者と悪者の人生を、見た目だけで決めつけず、彼らの望みと忍耐の終わりがどうであったのかで判断しなければなりません。まさに、良い終わりがあり、望みが断たれることのない正しい者の人生こそが成功です。

 人をさばくときは、公正な裁判をしなければなりません。悪者を正しいと言って曲がった判決を下すと、人々から罵りと呪いを受けるようになります。悪者を叱責して率直に答えをするのが真の友情と言えます。外での仕事を確かなものにしてから、畑を整え、家を建てます。これは、ある目的を達成するためには、先ずやるべきことを優先してやらなければならないことを意味します。また、仕返しのためのうその証言をしてはいけません。敵を赦し、正しいことを言うように自分のくちびるを守らなければなりません。なまけて思慮に欠けている者の実態は隠しきれません。彼らのぶどう畑はいばらが一面に生え、いらくさが地面をおおい、その石垣は壊れています。しばらく眠り、しばらくまどろみ、しばらく手をこまねいて、また休もうとしたので、このように貧しく乱れた暮らしになってしまいました。貧しさは付きまとう者のように、乏しさは武装した者のようにやってきます。



祈り:主よ、私の将来も、望みも、知恵を見つけたかどうかで変わってくることを学びます。知恵そのものであるあなたの御言葉で私のたましいを養い、将来のある、望みのある人生を歩むように助けてください。

一言:知恵を見つけなさい


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