聖書別日ごとの糧   >>   エレミヤ書[2005]

2005年 01月 12日 (水)

エレミヤ書21:1-14
いのちの道と死の道

Ⅰ.エレミヤに助けを求めるゼデキヤ(1,2)
 エレミヤは日ごろさばきのメッセージを伝えると言って、人々から無視されました。しかし危機の時になると、彼を認めざるを得なくなりました。ゼデキヤ王はパシュフルとゼパニヤをエレミヤに送って、助けを求めました。しかしすでに時は遅く、祈りの答えを受けることができませんでした。いつも自分勝手に過ごし、危機の時にだけ神様を訪ねていくご利益信仰は決して答えを受けることができないのです。
Ⅱ.行ないの実によって罰せられる神様(3-14)
 神様は悔い改めないユダの民たちを、むしろ剣とききんと疫病によってさばくと言われます。そしてそこで残った者たちは、またバビロンの王ネブカデレザルの手に渡されるのです。神様は必ずその行ないの実によって罰せられるのです。
 しかしこのような中でも、彼らの前にいのちの道と死の道を置かれ選択するようにされました。いのちの道はバビロンの王に降伏することです。この道は神様がエレミヤを通して最初からくださった方向です。
 私たちの前には、いつもいのちの道と死の道が置かれています。一つは従順の道であり、もう一つは不従順の道です。私たちがどんな道を選ぶのかは、自由意志にかかっています。

祈り:主よ!私が自分勝手に行なう時、滅亡するしかありません。主の御言葉に聞き従うことで、いのちの道を行くように助けてください。

一言:生か、死か、


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