聖書別日ごとの糧   >>   エレミヤ書[2012]

2012年 05月 29日 (火)

エレミヤ9:17-26
涙をしたたらせ

 神様は、「泣き女を呼んで来させよ。」と仰せられます。彼女たちの嘆き声を通してでも、神様の民の目に涙をしたたらせることを願われます。なぜ神様の民は、このように泣かなければならないのでしょうか。彼らは踏みにじられ、恥を見て、その地から離れるようになるからです。死が窓によじのぼり、子どもや若い男を滅ぼします。人の死体が肥やしのように地に横たわるからです。エルサレムに臨む神様のさばきは恐ろしいものです。人々はできれば笑い、楽しく生きようとします。しかし神様から離れた生活は、恐ろしい刑罰があるだけです。神様は、ご自分の民が罪に対する恐ろしいさばきを考えて泣くことを、願われます。これは、悲しみ、悔い改める生活を意味します。私たちが、自分の罪に対する神様の怒りのさばきを知っていれば、心安らかに笑い、楽しんで、過ごすことができません。悔い改めの涙だけが、破滅に向かって行く自分が救いを得て、生きる道です。
 ユダの民たちは、彼らの知恵と強さと富を誇っていました。しかしこのような物は、人が誇れるものではありません。さばきの日に、救いを与えることができないからです。さばきの日に、割礼を受けた者と受けなかった者がみな、罰を受けます。このさばきから救われる唯一の道は何でしょうか。悟りを得て、神様を知っていることだけが、救いの道です。神様が地に恵みと公義と正義を行なわれる方であることを悟る者が、救いを得ます。真の悔い改めは、虚しい誇りを捨てて、神様に立ち帰ることです。神様と正しい関係を結ぶことだけが、自分を破滅から救う誇りになります。

祈り:主よ!私が自分の罪に対するさばきを知り、心から悔い改める幸いな者になるように、助けてください。

一言:私たちのために泣け


<<(1)    前のページ(7)    8    次のページ(9)    (27)>>

聖書別日ごとの糧