聖書別日ごとの糧   >>   エレミヤ書[2012]

2012年 06月 03日 (日)

エレミヤ18:1-17
あなたがたも、わたしの中にある

 エレミヤは主の御言葉に従って、陶器師の家に下って行きました。陶器師が粘土で作った器を壊した後、陶器師自身の気に入ったほかの器に作り替える姿を見ました。神様は陶器師であり、イスラエルは神様の御手にある粘土のようです。神様は、一つの国、一つの王国を、御旨に従って、滅ぼすことがおできになります。ところが彼らが悪から立ち帰るなら、下そうとされたわざわいを思い直されます。逆に、神様が立て直し、植えると語った民族が悪を行なうなら、幸せを思い直し、滅ぼすこともおできになります。全てのことが陶器師である神様の主権の下にあります。今、神様はユダとエルサレムに災いを下そうとされます。しかし望みがあります。彼らが悪から立ち帰るなら、神様は下そうとされた災いを思い直されます。この国の運命は、神様の御手の中にあります。私の人生も神様の御手の中にあります。災いと破滅、祝福と繁栄は、神様の主権の下にあります。私たちができる唯一の道は、悪から立ち帰り、神様に属することです。神様に悔い改める生活だけが生きる道です。粘土のような私たちは、陶器師である神様から離れることはできません。
 イスラエルは陶器師である神様の御言葉を無視しました。その御言葉をむなしいものと思い、自分の悪くかたくなな心のまま、生きました。神様を忘れ、むなしいものに仕えました。その結果、彼らはいにしえの道につまずきます。敵の前で、東風のように散らされます。自分が陶器師の手にある粘土であることを謙遜に認めることが、救いの道です。年であることを認めないなら、つまずき、散らされます。

祈り:主よ!私が悔い改め、主に属する者になります。私に良い道を示され、用いてください。

一言:私は主の御手にある粘土


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