聖書別日ごとの糧   >>   エレミヤ書[2024]

2024年 02月 26日 (月)

エレミヤ書37:1-21(15)
苦しみを受けるエレミヤ

 神様の御言葉をそのまま伝える時、必ず伴って来るものがあります。それは苦難です。エレミヤも神様の御言葉を伝える時、多くの苦難を受けました。ゼデキヤ王の時に、バビロンがエルサレムを包囲しました。ゼデキヤがエジプトと手を結び、反バビロン政策を行なったからです。その時、エジプトの軍隊がイスラエルを助けようと出動すると、バビロンはすぐにエルサレムから離れました。王と民は、エジプトの助けによって危機から抜け出し、安心したことでしょう。愚かにも、彼らは神様よりエジプトの軍隊に頼りました。

 こうして安心していた時、エレミヤはどんな御言葉を伝えたのでしょうか。「あなたがたを助けに出て来たファラオの軍勢は、彼らの地エジプトへ帰り、カルデア人が引き返して来て、この都を攻め取り、これを火で焼く。」と預言しました。これは、エレミヤ個人の考えではなく、神様がエレミヤにお与えになった御言葉です。エレミヤは預言者として、神様の御言葉をそのまま民たちに伝えました。しかし、平安の代わりに、さばきの御言葉を伝えるエレミヤを、民たちが良く思うはずがありません。首長たちは激しく怒り、彼を丸天井の地下牢に入れてしまいました。エレミヤはなぜ、このような苦しみを受けたのでしょうか。人が聞くのに良いことばではなく、聞きたくないと思っている神様の御言葉を、そのまま伝えたからです。神様の御言葉を伝える時、苦難があります。世は、神様の御言葉を聞くことを嫌います。しかし苦難を恐れ、御言葉を伝えないなら、使命を回避することになります。苦難があっても、御言葉を伝えることによって、この時代にも神様の預言者がいることを知らせなければなりません。



祈り:主よ、御言葉を伝えることを難しく感じる時があります。しかし迫害の下でさえ福音に忠実であり続けるように助け下さい。

一言:迫害を受けても


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