聖書別日ごとの糧   >>   マルコ[2010]

2010年 08月 17日 (火)

マルコ13:1-13
福音がまずあらゆる民族に

Ⅰ.世の終わりの前兆(1-9,11-13)
 イエス様の弟子の一人が、華麗で荘厳な宮の建物を見て驚き、嘆息しました。イエス様はこのような彼に、エルサレム神殿が完全に破壊される、という衝撃的な御言葉を言われました。この御言葉を聞いて弟子たちは、「すぐに世の終わりが来る」と思って、それでイエス様にその前兆について尋ねました。イエス様は、世の終わりの前兆を話される前に、まず「人に惑わされないように気をつけていなさい」と言われました。どの時代でも、にせキリストが現れ、人々を惑わします。特に、内戦と戦争、地震とききんのような災難が起きると、人々の心には恐れが生じるようになり、このような恐れを利用して、人々を惑わす人々が現れるようになります。それだけではなく、信じる者たちは多くの迫害を受けるようになります。ひどい時には、家族によって殺されることも起き、全ての人に憎まれるようになります。その時、私たちは人々にだまされたり、人々の威嚇によって信仰を捨てないように注意しなければなりません。聖霊に頼って、最後まで耐え忍ばなければなりません(11,13)。
Ⅱ.世界宣教(10)
 弟子たちはイエス様に世の終わりの前兆を尋ねました。しかしイエス様は、「こうして、福音がまずあらゆる民族に宣べ伝えられなければなりません。」と言われました(10)。イエス様は、世の終わりが来る前に、福音がまずあらゆる民族に宣べ伝えられなければならない、と言われました。神様は、万民の救いを目標に、御業を行なっておられます。世界宣教の御業がもっとも大切なことです。

祈り:主よ!世の終わりが来ても、恐れや誘惑に陥らずに、世界宣教の御業に力を入れるように助けてください。

一言:福音がまずあらゆる民族に



2010年 08月 18日 (水)

マルコ13:14-27
栄光ある人の子の再臨

Ⅰ.最後の患難(14-23)
 弟子たちは、イエス様に世の終わりの前兆を、尋ねました。そこで、イエス様は、人々の惑わしを受けないように注意することと、福音がまずあらゆる民族に宣べ伝えられなければならないこと、を話されました。そして続けて、世の終わりに起きることについて、話されました。
 世の終わりの前兆は、何よりも「荒らすべき憎むべきもの」が、自分の立ってはならないところに立っています(14)。神様の神聖が失われ、財産と肉体が世を支配し、価値観が乱れるようになります。今日、世界の至るところで、このようなことが起きています。世の終わりが近づいて来ている証拠です。
 世の終わりが近づくと、いまだかつてなかった苦難の日が来ます。その時、害を受けないためには、世の宝に対する未練を完全に捨て切らなければなりません(14-16)。また、しるしや不思議なことを行なって、信じる者たちを惑わすにせきリストに注意していなければなりません(21-23)。
Ⅱ.人の子の再臨
 苦難の日には、太陽が暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます。その時、イエス様が雲に乗って、偉大な力と栄光を帯びて再臨されます。御使いたちを送り、地の果てから天の果てまで、四方からその選びの民を集めます。イエス様の再臨は、信じる人々には救いが完成される望みの日ですが、信じない人々には恐ろしいさばきの日です。この最後の勝利の日を仰ぎ見る時、苦難の中でも耐え忍び、信仰によって生きることができます。

祈り:主よ!私が主の再臨を慕い求めます。苦難の日に、祈りに力をいれ、信仰の中心を守ります。

一言:偉大な力と栄光を帯びて来られるイエス様



2010年 08月 19日 (木)

マルコ13:28-37
目をさましていなさい

Ⅰ.いちじくの木から、たとえを学びなさい(28-31)
 いちじくの木の枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことが分かります。同様に、イエス様の再臨が近づいて来ると、世の終わりの前兆が現れるのは当然なことです。世の中で起きている戦争と宗教紛争、そして異端と邪教が増えているのを見て私たちは、キリストの再臨が決して遠いことではない、と感じるようになります。人の子が戸口まで近づいているかも知れません。
 イエス様の全ての御言葉は決してなくなりません。イエス様の全ての御言葉は必ず成就します。イエス様が再び来られて、「全てのものをさばかれる」という御言葉も必ず成就します。それで私たちは霊的な分別力を持って、前兆を見守らなければなりません。
Ⅱ.目をさましていなさい(32-37)
 イエス様が再臨される日はいつなのか、誰も知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父なる神様だけが知っておられます。ある人々は「『○月×日に来る』という啓示を受けた」と主張し、人々を惑わしますが、これはみな偽りのものです。再臨される日時は、神様の主権に属しています。
 私たちは、その日、その時を神様にゆだね、イエス様がいつ来られても良いように、準備していなければなりません。それはまるで、いつ帰って来るか、分からない家の主人を待っているしもべのように、目を覚ましていなければなりません(33-35,37)。また、神様から預かった使命を、忠実に担わなければなりません。

祈り:主よ!いつ主が来られるのかが分かりません。私が日々目を覚まし、任された使命を忠実に担えるように、助けてください。

一言:目をさまし、注意していなさい


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