聖書別日ごとの糧   >>   ルカ[2007]

2007年 05月 25日 (金)

ルカ22:1-23
契約の血

Ⅰ.過越しの食事を願われたイエス様(7-16)
 険悪な雰囲気の中で、イエス様はペテロとヨハネに過越しの食事の用意をさせました(10-12)。これを秘密のうちに行なわれたのは、イエス様を売ろうとするユダが宗教指導者たちにイエス様の居場所を知らせることができないようにするためでした。それほどイエス様は死なれる前に、弟子たちと過越しの食事をすることを願われました(15)。これは弟子たちにご自分の死が過越しの祭りと関連して、どんな意味があるのかを教えることが、どれだけ大切なことであるのかを知っておられたからです。
Ⅱ.新しい契約の血(17-23)
 イエス様は食事をしておられる途中、パンを裂いて「これは、あなたがたのために与える、わたしのからだです。」と言われました(19)。また血のように赤いぶどう酒の杯を分けながら、「この杯は、あなたがたのために流されるわたしの血による新しい契約です。」と言われました(20)。過越しの祭りはイスラエルが子羊の犠牲を通してエジプトから救われたことを記念する日です(出12:13,14)。イエス様は十字架で体が引き裂かれ、血を流して死なれた子羊になりました。このイエス様を信じることで私たちは罪から救いを得ました。獣の血でいけにえをささげる昔の契約は不完全であり、これはイエス様が成し遂げられる新しい契約の陰です。新しい契約によるイエス様の救いは完全であり、永遠なものです。

祈り:主よ!私のために流された血の恵みを感謝します。私がこれによって救いを受けたので、新しい人生を生きます。

一言:イエス様の死は普通の死ではない



2007年 05月 26日 (土)

ルカ22:24-38
一番偉い人

Ⅰ.仕える者イエス様(24-30)
 十字架を目前にしてイエス様は悩み悲しみました。しかし弟子たちは、誰が一番偉いだろうかと議論をしていました。世の人々は、仕えられ、人々の上に君臨する者を偉い人だと考えます。弟子たちはこのような執権者たちを嫌いながらも、うらやましく思っていました。弟子たちは異邦人の王たちとは違わなければなりません。弟子たちは、仕えるしもべであるイエス様を、見習わなければなりません(27)。イエス様は十字架で死ぬまで罪人たちに仕えてくださいました。本当に偉い人は他の人に仕える人です。仕えることは、自分によって他の人がうまくいくように助けることです。この世で他の人に仕える人が、将来天の御国では王座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくようになります(30)。
Ⅱ.ペテロのために祈られたイエス様(31-38)
 ペテロは、自分が一番偉い人だ、と思っていました。そのため、ペテロはサタンの標的にされていました。イエス様はこのようなペテロのために祈られ、彼が立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい、と言われました。しかしペテロは自分の弱さを悟ることができず、大口をたたきました。このようなペテロにイエス様は、彼が鶏が鳴くまでに三度イエス様を知らないと言う、と警告されました。イエス様はご自分の弟子ペテロに望みを置かれ、最後まで仕えてくださいました。

祈り:主よ!私も主のように兄弟のために祈り、仕える人になるように助けてください。

一言:本当に偉い人



2007年 05月 27日 (日)

ルカ22:39-53
祈られたイエス様

Ⅰ.神様の御旨に服従されたイエス様(39-46)
 弟子たちに、「誘惑に陥らないように祈っていなさい。」と言われたイエス様は、少し離れた所で、ひざまづいて祈られました。イエス様は、十字架の苦い杯を自分から取り除いてください、と祈られました。これが、人間としてのイエス様の願いでした。しかしイエス様は「わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。」と祈られました(42)。どれだけ切実に祈られたのか、汗が血のしずくのように地に落ちました。
 イエス様はご自分の願いがありましたが、神様の御旨に服従するために祈られました。祈りは自分の願いよりも、神様の御旨が成し遂げられるようにするための霊的な闘争です。
Ⅱ.逮捕されたイエス様(47-53)
 祈りを終えられた時、ユダが来てイエス様に口づけをしました。それはイエス様を逮捕しに来た人々に送る合図であり、裏切りの口づけでした。これを見た弟子たちは剣を抜いて襲いかかり、大祭司のしもべの耳を切り落としました。しかしイエス様はそのしもべの耳をさわって直されました。イエス様は、またご自分を逮捕しに来た人たちのあやまちをお叱りになりました(52)。しかし何の抵抗もなしに逮捕されました。イエス様はすでに十字架に備えておられたので、卑屈にはなりませんでした。

祈り:主よ!私が肉体の誘惑に負け、眠ってばかりいた罪を悔い改めます。私も主のように、汗が血のしずくのように落ちるまで、祈るように助けてください。

一言:祈りは霊的な武器



2007年 05月 28日 (月)

ルカ22:54-71
わたしはそれです

Ⅰ.いや、違います(54-62)
 ペテロはイエス様と共に、牢であろうと、死であろうと、覚悟はできていると言いました(33)。これは彼の本心だったでしょう。しかし結果的に彼はイエス様を三度も知らないと言いました。後では、自分自身までも否定しました(58)。そうして彼はイエス様の御言葉を思い出して、外に出て、激しく泣きました(61,62)。大口をたたいていた彼がなぜこのようにあっさりと崩れたのでしょうか。危機にぶつかると、イエス様を「遠く離れて」ついて行ったからです。辛いからといって、中途半端な気持ちでイエス様について行くと、結局はイエス様を捨てるようになります。何よりもペテロの決定的な失敗は祈らなかったことです。
Ⅱ.わたしはそれです(63-71)
 イエス様は夜明けに議会に連れて行かれ、尋問を受けられました。彼らはイエス様に「あなたがキリストなら、そうだと言いなさい。」と質問しました。勿論彼らは、イエス様がキリストだと言われても、信じなかったことでしょう。むしろ神聖冒涜罪を適用させて、死刑判決を下すつもりでした。それを知っていながらも、イエス様は言われます。「あなたがたの言うとおり、わたしはそれです。」(70)。
 イエス様は謙遜に祈られることで、どんな苦難と死も担う心の準備ができていました。それで少しも恐れることなく、ご自分を大胆に現されました。

祈り:主よ!私も主のようにいつ、どこででもクリスチャンであることをはっきりと現すことができるように祈ります。

一言:わたしはそれです。


<<(1)    前のページ(21)    22    次のページ(23)    (24)>>

聖書別日ごとの糧