聖書別日ごとの糧   >>   ルカ[2020]

2020年 09月 21日 (月)

ルカの福音書24:1-12(6)
復活を約束されていたイエス様

 キリスト教の信仰は、イエス様の復活を土台としています。そして、この復活は、預言された御言葉を土台としています。週の初めの日の明け方早く、彼女たちは準備しておいた香料を持って墓に来ました。彼女たちは石が墓からわきに転がされているのを見ました。主イエスの体が消えて無くなっているのを見ました。しかし、イエス様の復活、ということにまで関連付けて考えることができなかったようです。彼女たちは心配しました。その時、まばゆいばかりの衣を着た人が二人現れて「あなたがたは、どうして生きている方を死人の中に捜すのですか。ここにはおられません。よみがえられたのです。」と言いました。そして、「まだガリラヤにおられたころ、主がお話になったことを思い出しなさい。人の子は必ず罪人たちの手に渡され、十字架につけられ、三日目によみがえられると言われたでしょう。」とイエス様のことばを思い出すように言いました!
 彼女たちは、その時やっと、イエス様が言われていた言葉を思い出すようになりました。彼女たちは、弟子たちのところに行ってこれらのことをすべて報告しました。ところが、使徒たちには彼女たちの話がたわごとのように思えて、信じることが出来ませんでした。しかし、ペテロは立ち上がり、走って墓に行きました。亜麻布しかない空っぽの墓を見て、驚きました。復活の現場がイエス様の失踪を立証しましたが、人類史において未曾有の出来事である復活を受け入れるには、十分ではなかったようです。すると、天使たちは、他の証拠を見せるよりも、イエス様が言われた言葉を思い出しなさいと言いました。旧約聖書の預言があるからイエス様をキリストとして信じるように、イエス様の預言があるから主イエス様とその復活を信じます。


適用:復活信仰の土台は何ですか

一言:御言葉を思い出して



2020年 09月 22日 (火)

ルカの福音書24:13-35(27)
 聖書を詳細に説き明かして下さるイエス様

  エマオという村に向かっていた二人の弟子のところにイエス様は近づいて、ともに歩き始めました。彼ら話し合ったり論じ合ったりしていましたが、悲しみに暮れ、二人の目は遮られてイエス様であることが分かりませんでした。彼らは、朝のイエス様の墓での出来事について語っていました。取材記者のように事実を正確に知ってはいましたが、その意味については無知でした。女たちが空の墓を見て、イエス様の復活を伝える天使たちに会ったという知らせを聞いても、そこから何も悟ることが出来ず、ただ悲しみに浸るだけでした。
 イエス様は彼らに「ああ、愚かな者たち。心が鈍くて、預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち。」と責められました。目の前の現状だけを見てその奥に隠されている本質を悟れないなら、愚かなことです。イエス様が弟子たちと三年間ともにしながら、いろいろな奇跡を見せてくださったのは、見える現状の向こう側にあるメシヤの本質性を伝えるためでした。預言者たちが預言した内容も、キリストが苦難を受け、それから、その栄光に入ることを伝えるためでした。イエス様は、モーセやすべての預言者たちから始めて、ご自分について聖書全体に書かれていることを詳細に説き明かされました。そして彼らとともに食卓に着くと、イエス様はパンを取って神様をほめたたえ、裂いて渡されました。すると、二人の目が開かれてイエス様だと分かるようになりました。彼らはイエス様が道々聖書を説き明かして下さる間、心は内で燃えていました。エルサレムで起こった出来事だけに夢中になり、論じ合っていた時は、悲しみしかありませんでした。しかし、その意味を聖書に基づいて説き明かされると、心が生かされ、霊的な目が開かれました。二人は、ただちに立ち上がりエルサレムに戻って行き、女たちのように復活の証人となりました。


適用:心が生かされ、目が覚めることを願いますか

一言:現状を聖書によって解釈



2020年 09月 23日 (水)

ルカの福音書24:36-53(47,48)
復活の証人として立てられていく弟子たち

 十一人の弟子たちは、エマオに向かっていた二人の弟子の証言を聞いていました。その時、イエス様が彼らの真ん中に立ち、あいさつをされました。おびえて震え上がった弟子たちは、幽霊を見ているのだと思いました。三年間イエス様に直接教えられ、復活に対する事前教育も受けていたにもかかわらず、半信半疑になるしかありませんでした。これは、人間の知覚と物理的次元を超えて、復活がいかに神秘的な神様の能力であるかを見せてくれます。
 イエス様は、釘付けされた手や足を見るように、さわってよく見るように、と言われました。幽霊なら肉や骨がありません。イエス様は幽霊ではなく骨と肉を持って復活されたことを理解させようとされました。それでも信じられず不思議がっている弟子たちの前で、焼いた魚を一切れ召し上がりました。体の復活を否定し、世界を霊と肉の二元論で説明しようとする全ての宗教と霊知主義とは、キリスト教がその根本が違うことを宣布しています。女たちに二人の天使が言った言葉(24:6,7)も、エマオに向かっていた二人の弟子にイエス様が言われた言葉(24:25-27)も、根本的には同一です(44-46)。イエス様は弟子たちの心を開いて聖書を悟らせました。モーセ五書と預言書と詩篇の主題、すなわちイエス様はキリストであるという事実を悟らせてくださいました。イエス様の復活がこれを証ししています。これから罪の赦しを得させる悔い改めが、あらゆる国の人々に宣べ伝えられます。弟子たちは聖霊の力を得てこれらのことの証人となります。このように、私たちも聖書を通して、福音を弁証し、イエス様を証しする役割を担うことができるように祈ります。


適用:聖書を悟るようになった私たちがやるべきことが何ですか

一言:イエス様の証人


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