聖書別日ごとの糧   >>   使徒の働き[2004]

2004年 03月 09日 (火)

使徒ノ働キ19:8-20
弟子養成に力を入れた使徒パウロ

Ⅰ.弟子たちを別に立てたパウロ(8-10)
 使徒パウロは三ヶ月間会堂で公開講座を行ないましたが、特にこれといった実がありませんでした(9)。それでパウロはイエス様を学ぼうとする純粋な弟子たちを別に立てて、ツラノの講堂で毎日論じました(10)。こうして二年が経ちました。
 「論じる」とは人格的な対話を通して聖書を教えることです。パウロは、その時を回想して、昼も夜も涙で一人一人に訓戒したと言いました(20,31)。これを見る時、パウロはマンツーマンの聖書勉強を通しての弟子養成に力を入れたことが分かります。
Ⅱ.こうして、主のことばは驚くほど広まり(11-20)
 使徒パウロがマンツーマンの弟子養成の方法で二年間も続けると、全アジヤに住んでいる人々はみな主の御言葉を聞くようになりました。御言葉が満ち溢れたパウロに聖霊の力が臨むと、病気の者は癒され、悪霊が出て行きました。信仰がないスケワと七人の息子たちはパウロの真似をしましたが、恥をかきました(14-17)。これを知った人々は、主イエス様の御名を崇め、罪を告白しました。また、魔術師たちが大きく悔い改めて、魔法の書物を集めてみな焼き捨てる、驚くべき聖霊の御業が起こりました。
「こうして、主のことばは驚くほど広まり、ますます力強くなって行った」(20)聖霊の御業は、すなわち御言葉が力強くなる御業です。

祈り:主よ!マンツーマン弟子養成の御業がひどくのろいように見えますが、最も尊い伝道方法であることが分かりました。私たちの集まりが御言葉が満ちた集まりになるように助けてください。

一言:聖霊の御業は御言葉の御業



2004年 03月 10日 (水)

使徒ノ働キ19:21-41
ローマも見なければならない

Ⅰ.ローマも見なければならない(21-22)
 パウロはエペソ開拓の御業を成功で終えた後、そこで老後を安らかに過ごすこともできました。その時には、彼の年は50を過ぎていたことは確かです。
 しかしパウロはそこに定着することを望みませんでした。彼は再び第二次伝道旅行の時に、開拓したマケドニヤとアカヤ地方を訪ね、エルサレムに戻り祈りの支援を受けた後、ローマに以降と決断しました。パウロは主の世界宣教命令を絶対的に受け入れたしもべであり、ビジョンで満ちた霊的な将軍のようでした。主のしもべには、絶え間ない開拓精神と、いつも燃える宣教ビジョンで満ちていなければなりません。
Ⅱ.町中を争乱させたデメテリオ(23-41)
 パウロの伝道旅行によって、銀細工職人たちは偶像を作って売る望みが絶たれました。デメテリオは銀細工の職人たちと同業者たちを扇動して、大きな騒動を起こし、パウロとその同労者たちをなきものにしようとしました。
 このことで、パウロとともに福音の御業に仕えていたガイオとアリスタルコは劇場になだれ込んで、苦しめられました。群集は群集心理にかられ、いっせいに声を上げました(34)。しかし神様は町の書記役を通して、苦難の中にいる彼らを救ってくださいました。神様は愛する者を見捨てておかれません。

祈り:主よ!私が自分の安全をかえりみず、主から与えられた世界宣教命令にさらに力にいれて聞き従います。

一言:ビジョンがない民は滅びる


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