聖書別日ごとの糧   >>   ガラテヤ[2016]

2016年 06月 25日 (土)

ガラテヤ4:1-4:7
神様の子ども

Ⅰ.イエス様を信じることで、神様の子どもになりました(3:26-29)
 私たちが神様の子どもになったのは、律法によってではありません。イエス・キリストを信じることによってであり、完全に神様の恵みによるものです。神様の子どもは、キリストにつく者であり、それまで着ていた汚れた罪の着物を脱いで、キリストをその身に着た者です(27)。また、神様の子どもは、アブラハムの子孫であり、その約束によって、神様の国を相続する者です(29)。
Ⅱ.神様を、「アバ、父」と呼べるようになります(4:1-7)
 遺産を相続できる者は全財産の持ち主です。しかし幼い時は、奴隷のように、父親が定める時までは、後見人の下にいて監視を受けます。このように私たちも、幼い時には、各種の日や月や季節や年を守ることに縛られた幼稚な教えに支配されていました(10)。しかし今では 、神様がその御子を遣わされ、律法の下にいた私たちを贖い出し、子としての身分を与えて下さり(4,5)、自由にしてくださいました。 私たちが神様に従い、仕える動機は、神様を愛する愛からであって、規則を守って裁かれないようにするためではありません。
 神様は、私たちの心にその御子の御霊を遣わしてくださり、神様を「アバ、父」と呼ぶようにされました。これは、この世の中のどんなものよりも、大きな祝福です。

祈り:父なる神様!私を縛りつけていた幼稚な教えから自由にし、神様を父と呼べるようにしてくださり、感謝します。

一言:子の身分を得させてくださった神様



2016年 06月 26日 (日)

ガラテヤ4:8-20
再び産みの苦しみをしているパウロ

Ⅰ.なぜ幼稚な教えに逆戻りしたのですか(8-11)
 彼らは、過去神様を知らず、本質的には悪魔の奴隷でした(8)。しかし彼らは福音を信じて神様の子どもになり、神様に知られた者になりました(9)。ところが彼らは、もう一度、無力、無価値の幼稚な教えに逆戻りしようとしました。
 福音を受け入れた後にも、私たちは絶えず神様の御言葉の中で成長する生活をしなければなりません。御言葉から離れ、あれこれと、形式と律法に縛られた生活をするようになると、罪の奴隷になってしまいます。
Ⅱ.再び産みの苦しみをしています(12-20)
 ガラテヤの聖徒たちは、最初使徒パウロから福音を受け入れた時、自分の目をえぐり出して与えたいと思うほど、パウロを愛し、尊敬していました(14,15)。しかし今、彼らは、律法主義者たちの熱心に惑わされて、牧者であるパウロから離れ、キリストから離れようとしました。
 それで使徒パウロは、彼らのうちにキリストが形造られるまで、再び産みの苦しみをしていました(19)。使徒パウロは彼らの本当の牧者であり、霊的な父親でした。

祈り:主よ!私が、羊たちの心の中にキリストが形造られるまで、続けて助ける牧者になるように、助けてください。

一言:キリストが形造られるまで



2016年 06月 27日 (月)

ガラテヤ4:21-31
二つの契約

Ⅰ.律法の母ハガル
 ハガルはアブラハムの女奴隷です(22,25)。それでハガルの体から出たイシュマエルもやはり奴隷です(24,創21:10)。彼は肉によって生まれました(23)。それで彼はアブラハムを父親に持ちながらも、奴隷の身分から抜け出すことができませんでした。その生活には喜びがなく、いつも不平不満で満ちていました。それで彼は約束の子イサクをいじめました(創21:9)。
 彼は根本的に、イサクと共に遺産を相続できませんでした。結局彼は荒野へと追い払われました(30)。彼はハガルの子ども、すなわちシナイ山の律法の子どもだったからです(24)。このように律法主義者たちはハガルの子孫です。
Ⅱ.恵みの母サラ
 サラはアブラハムの本妻であり、自由の女でした。イシュマエルが肉によって生まれたのなら、イサクは約束によって出た者であり(23)、御霊によって生まれた者です(29)。イサクはイシュマエルより年下です。また、迫害を受けるほど、未熟でした(創21:9)。しかし彼は祝福の子です。サラはエルサレム、すなわち私たちの母親です。私たちはイサクのように約束の子どもです。キリストの恵みを、母親によって受ける時、本当のクリスチャンの喜びを受けることができます。

祈り:主よ!私はイサクのように未熟で弱い者です。私を助けてくださり、私を縛っているものから自由にしてください。

一言:私は恵みの子どもです


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