聖書別日ごとの糧   >>   エペソ[2005]

2005年 06月 29日 (水)

エペソ人への手紙5:1-14
神にならう者となりなさい


Ⅰ.愛のうちに歩みなさい(1,2)

 神様は愛です(Ⅰヨハ4:16)。神様にならう者は愛のうちに歩みます。その愛はイエス様が見せてくださいました。イエス様は、ご自分を十字架につけるほどまで私たちを愛してくだいました。イエス様は私たちのためにいけにえになり、罪のさばきから救ってくださいました。愛はすなわち犠牲です。また本当の愛とは一人が罪から救われるように助けることです。神様にならうクリスチャンは人間的な愛ではなく、犠牲的な愛、聖なる愛を持っているのです。

Ⅱ.光の子どもらしく歩みなさい(3-14)

 神様は光です(Ⅰヨハ1:15)。それでそれにならうクリスチャンは暗やみの中で歩みません。不品行やむさぼりは暗やみの行いであり、偶像崇拝です。みだらなことや、愚かな話や、下品な冗談は暗やみの実です。このような人々には神様のさばきが臨みます。クリスチャンは光の子どもらしく歩むために、いつも主を喜ばせることは何であるのかを熱心に探さなければなりません。また御言葉を通して、懲らしめを受け、密かに行なっている恥ずかしい習慣から、光に出て行かなければなりません。眠っている者と死者で満ちているこの世から起き上がらなければなりません。


祈り:主よ!私が神様の愛を学ぶ恵みをください。暗やみの中にいる時ごとに懲らしめて導き出してください。

一言:愛と光の神様



2005年 06月 30日 (木)

エペソ人への手紙5:15-20
機会を十分に生かして用いなさい


Ⅰ.主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。(17)

 私たちが時間を浪費するのは、世に従ってただ流されていこうとし、その時、その時の気分次第で生きているからです。これは楽で自由のようですが、実際は愚かなことです。一生はそんなに長くはなく、人生の実によって神様のさばきがあります。

 それでクリスチャンはいつもどのようにしなければならないのかを注意しなければなりません。特に、主のみこころは何であるのかを悟り、はっきりとした目的と方向の下で、自分を節制しなければなりません。

Ⅱ.御霊に満たされなさい(18)

 人は何かで満たされなければなりません。そして何で満たされているのかに従って、人生の実も違って来ます。酒や快楽で自分を満たす者がいますが、彼らの人生は放蕩で流されるようになります。クリスチャンは真理の御言葉で自分を清め、聖霊で自分を満たします。そうした時、詩と賛美と霊の歌で満たされます。

 その心には感謝が満ち、その人生は実とやりがいで満たされます。私たちの心に感謝と喜びがなければ、それは何か世俗的で悪いもので満たされている証拠です。悔い改め、聖霊に満たされなければなりません。


祈り:主よ!私が悪い時代に無駄な時間を過ごしましたが、新たに気を引き締めます。私に分別力をくださり、聖霊で満たしてください。

一言:時代が悪い



2005年 07月 01日 (金)

エペソ人への手紙5:21-33
夫と妻


Ⅰ.妻たちよ(21-24)

 妻たちは自分の夫に主張することより従わなければなりません。夫は妻のかしらになるからです。この関係はまるでキリストが教会のかしらになることに似ています。教会がキリストに従ったように妻がその夫に従えば家庭に秩序が生じるようになるのです。

 勿論、このような服従は盲目的で、律法的になってはいけません。クリスチャンが主に仕えるように、愛がその動機となり、人格的でなければなりません。

Ⅱ.夫たちよ(25-33)

 夫が妻に服従を要求しながら、自分は自分勝手に行動するため、家庭の幸福が崩れています。キリストが教会を愛するように、夫は妻を愛さなければなりません。夫は、キリストが献身的に教会を愛されたように、自分の妻を献身的に愛さなければなりません。

 妻は神様の御旨に従って、夫と一体となった一つの体です。それで妻を愛することは自分を愛することです。妻を愛することは夫の義務だけではなく、その人格の尺度になるのです。


祈り:主よ!この地の妻たちが夫に主張することより謙遜に従うように助けてください。また夫たちが妻に要求することより献身的に愛するように助けてください。

一言:服従と愛


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