聖書別日ごとの糧   >>   エペソ[2016]

2016年 08月 24日 (水)

エペソ4:1-16
御霊の一致を熱心に保ちなさい

Ⅰ.信仰も一つ、神様も一つ(1-6)
 クリスチャンは召された者らしく、世と区別して生きなければなりません。人間の本性や感情によって生きることより、謙遜と柔和、忍耐と赦しによって人に接して行かなければなりません。そしてみながイエス様の中で一つになるように、努力しなければなりません。主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ、神様は一つだからです。クリスチャンが互いに一つになることができないのは、神様の召されより、自分の利益や感情を優先させるからです。
Ⅱ.キリストのからだを建て上げるためであり(7-16)
 教会の中で一つになろうとする時、最も問題になるのは、一人一人に与えられた能力や才能が違うということです。そのため、互いに競争しねたみます。
 しかし才能とは何でしょうか。神様がお与えになったプレゼントです。一人一人の才能によって、教会にはさまざまな職分があります(11)。そしてその職分は聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるのが目的です(12)。与えられた才能を、自分の利益や栄光のために使う時には、憎しみと分裂が生じます。

祈り:主よ!私たちの集まりが互いに一つとなり、互いに整えあい、キリストのからだを建て上げることができるように、助けてください。

一言:組み合わされ、結び合わされ



2016年 08月 25日 (木)

エペソ4:17-24
新しい人を着なさい

Ⅰ.異邦人のようであってはなりません(17-22)
 イエス・キリストを受け入れたクリスチャンは異邦人のように行ないません。異邦人とは、一言で「無感覚な人々」です。彼らは好色に身をゆだねて、あらゆる不潔な行ないをむさぼります。そして知性は暗くなり、霊的に無知になり、心はかたくなになりました。
 クリスチャンになった後にも、誘惑の欲望に勝てず、過去の習慣に従って生きるなら、神様のいのちから遠く離れて行きます。
Ⅱ.心の霊において新しくされ(23,24)
 私たちは罪深い過去の習慣から離れることを願っています。そして新しくされることを願っています。それで正しい行ないをするために努力をし、立派な人の模範に従うために努力もします。しかし私たちは昔の人の姿のままの自分に絶望してしまいます。
 では、一体どうすれば、新しい人になることができるのでしょうか。心の霊において新しくされなければなりません。イエス様の御言葉を聞いて悔い改めずに、良い行ないだけを願うことは、まるで悪い木から良い実を求めるのと同じです(マタ7:17,18)。
 世の道徳教育だけでは新しい人になることはできません。イエス様の中にいる時にだけ、新しい人になることができます。

祈り:主よ!罪深い本性を持ったままでは、決して主を喜ばせることができません。私から昔の本性を取り除いて、新しい霊をふり注いでください。

一言:新しい心が新しい人を作る



2016年 08月 26日 (金)

エペソ4:25-32
クリスチャンが念頭に置くべきこと

Ⅰ.隣人に対して真実を語りなさい(25-29)
 クリスチャンは偽りを捨てて、真実を語らなければなりません。なぜなら私たちはからだの一部分だからです。偽りはからだの関節を痛めてしまいます。
 クリスチャンだからといって、怒らないでいることはできません。しかしそれによって罪を犯したり、長い間怒っていたりしてはいけません。腹が立つから怒るのは当然のことだと思ってしまいがちです。しかし感情を節制しなければ、悪魔がすきを狙ってきます。クリスチャンは他人のものを盗んだり、同労者の善意に頼って、迷惑をかけたりしてはいけません。むしろ熱心に働いて、隣人に施しをしなければなりません。クリスチャンは互いに親しいからといって、悪いことばを口に出してはいけません。人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなければなりません。
Ⅱ.神様の聖霊を悲しませてはいけません(30-32)
 クリスチャンは目に見えない神様、すなわち聖霊を悲しませてはいけません。聖霊は、贖いの日まで、私たちを助け、導かれる方です。しかし悪い心、怒り、不平、ねたみなどは、私たちのうちに聖霊が働かないように妨害するものです。互いに憐れみ、赦し合い、イエス様の愛を学ぼうと闘争する時、聖霊は私たちのうちに働かれます。

祈り:主よ!私に隣人がいることと、聖霊がおられることとを、忘れて生きる時が多くあります。私をいつも諭してください。

一言:その隣人と共に


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