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2016年 11月 20日 (日)

詩篇 65:1-13
シオンには賛美があります

第一、神様が自分の祈りを聞いてくださることに感謝しました。神様が私たちの祈りを聞いてくださるという事実はどれほどすばらしいことでしょうか。人間の大きな喜びは神様が私たちの祈りに耳を傾けてくださるということです。
第二、罪を赦してくださったことを感謝しました。ダビデは罪を犯して苦痛と恐れ、絶望の中にいました。特に神様から見捨てられるのではないかと恐れました。しかし神様は彼の悔い改めと祈りを聞かれ、彼の罪を赦してください ました。
第三、主の家、主の大庭に住みながら主と交わり、霊的な満足を得ることができることを感謝しました。人間はいくら多くの人間的な付き合いをしていても、それだけでは幸せになりません。
第四、神様が救いの王となり、義のうちに答えてくださること、悪人の騒ぎを静められ、正しい人を救ってくださることを感謝しました。
第五、穀物を作ってくださったこと、羊の群れを育ててくださったことを感謝しました。人がいくら努力しても雨は降らず、伝染病が流行れば農業や牧畜はよく出来なくなります。
ダビデは受けた恵みを当たり前に思ったり、忘れたりしませんでした。人々は困難な時には神様に頼りますが、問題が解決されると恵みを忘れてしまいがちです。しかしダビデは感謝する心を忘れず、さらに困難な時にした誓いを果たそうとしました。神様は感謝する人を喜ばれ、もっと祝福してくださいます。感謝は神様と私たちの関係をもっと深くしてくれます。

適用 : あなたは何を感謝していますか?

一言 : すべてのことについて感謝



2016年 12月 31日 (土)

詩篇23:1-6 (6)
主は私の羊飼い

  羊は目が悪くて遠くを見ることが出来ず、良い草と毒草を区別出来ません。憶病で猛獣から自分を防御する力もありませんが、意地っ張りです。羊は牧者の助けが絶対的に必要な動物です。詩人は自分を羊として、主を羊飼いとして告白しています。羊飼いである神様は羊たちを緑の牧場に伏させ、憩いの水のほとりに伴われます(2)。罪の誘惑が多い世で義の道に導いて下さり、疲れた魂を生き返らせます。主はいつも私と共におられます。主が私と共におられる限り、死の陰の谷を歩く事があっても災いを恐れません。主が私を徹底的に守られるからです。主は敵に打ち勝つようにされ、敵の目の前で尊くあげられます。溢れるばかりの祝福を注いで下さいます。私の命の日の限り私がどこに行っても、どんな状況に処せられても慈しみと恵みとが私を追ってきます。私を離れず見逃す事がありません。
  人生の道には苦難や敗北もあり、敵の攻撃も絶えません。道を失い、どこに行けばよいのか分からず、一人ぼっちのようで孤独で怯える時もあります。死の陰の谷を歩く事もあります。 すると人々はお金や権力、偉い人に頼ろうとします。しかし、それらは私達の真の羊飼いにはなれません。神様だけが私達の牧者になられます。牧者である神様の導きの中で、私達の人生は全ての事が働かされて善と成ります。いつも私と共におられ、私を導き、守り、養い育てて下さる主が私の牧者ですから、私は乏しい事がありません。
  この詩は、ダビデが晩年に自分の全人生を回顧しながら作った詩として知られています。主を牧者としたダビデは‘私は乏しい事がありません’’私の杯はあふれています‘と告白しています。ダビデのように、私達も牧者である神様が今まで守って下さいました。主は一生、私と共におられます。
  
  
  

適用:誰が私の牧者ですか。

一言:主である神様


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