□3月6日(金)
主は私たちを癒すお方
出エジプト記15:22-27(26)
聖書本文
15:22 モーセはイスラエルを葦の海から旅立たせた。彼らはシュルの荒野へ出て行き、三日間、荒野を歩いた。しかし、彼らには水が見つからなかった。
15:23 彼らはマラに来たが、マラの水は苦くて飲めなかった。それで、そこはマラという名で呼ばれた。
15:24 民はモーセに向かって「われわれは何を飲んだらよいのか」と不平を言った。
15:25 モーセが【主】に叫ぶと、【主】は彼に一本の木を示された。彼がそれを水の中に投げ込むと、水は甘くなった。主はそこで彼に掟と定めを授け、そこで彼を試み、
15:26 そして言われた。「もし、あなたの神、【主】の御声にあなたが確かに聞き従い、主の目にかなうことを行い、また、その命令に耳を傾け、その掟をことごとく守るなら、わたしがエジプトで下したような病気は何一つあなたの上に下さない。わたしは【主】、あなたを癒やす者だからである。」
15:27 こうして彼らはエリムに着いた。そこには、十二の水の泉と七十本のなつめ椰子の木があった。そこで、彼らはその水のほとりで宿営した。
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
イスラエルの民は葦の海(紅海)を渡ってから、三日間シュルの荒野を歩きましたが、水が見つかりませんでした。マラという所で水を見つけましたが、そこの水は苦くて飲むことができませんでした。すると、民たちはモーセに向かって、「われわれは何を飲んだらよいのか。」と不平を言いました。こういう時こそ、彼らは神様の前に出て行って祈るべきでした。なぜなら、「葦の海(紅海)」を渡るという神の奇跡を数日前に経験したばかりだったからです。実は、飲めないような苦い水しか見つからなかったことには、神の御旨が秘められていました。神様は、それを通して彼らの信仰を試し、鍛錬されようとしていました。私たちも時折、荒野のような険しい人生の道のりの中で、予期しなかった苦い水を飲む時があります。その時多くの人が、心に苦い根を持ち、神様に向かって苦い水を吐き出すように不平を言ってしまいます。
それでは、モーセはどのようにしたでしょうか。彼は民たちと感情的な争いをしませんでした。むしろ神様に叫びの祈りをしたのです。すると、主は彼に一本の木を示されました。そしてそれを水の中に投げ込むと、何と苦い水が甘い水に変わったのです。神様は、私たちが苦いほどの失敗をしても、それを糧にして勝利の甘い水に変えてくださいます。
神様は様々な逆境を通して私たちの信仰を試されます。その時こそ信仰が問われます。霊的な人は試練の時にもっと信仰が強くなり、以前よりも一回りも二回りも大きく成熟した信仰の持ち主として成長するのです。主は私たちの心の病を癒してくださる「癒し主」です。私たちが主の御声に聞き、主の目にかなうことを行うなら、神様は私たちの心の深い傷や憤りなどのすべてを癒してくださいます。
祈り:主よ、逆境に遭遇する時にどうすればよいのかを学びます。私が試練の中でもあなたにより頼み、私を癒す主を体験できるように祈ります。
一言:癒し主に祈りましょう
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。

