□2月2日(月)
隠れたところで見ておられる父
マタイの福音書6:1-8,16-18(6)
日毎の糧
人は、他人に見せるために人前で善行をしやすいです。人から称賛されたり、認められたりしたい魂胆があるからです。善行を人前ですること自体は、悪いことではありません。イエス様も「人々があなたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。」(5:16)とおっしゃいました。しかし、どんなに良い行いであっても、正しい動機によるものでないのなら、人には認められても、天の父なる神様からの報いは受けることができません。私達は、パフォーマンスや結果で、人や自分自身を判断してしまいがちですが、神様は、心の底にあるものをご覧になるということです。そして、たとえ誰にも見てもらえず、また認めてもらえなくても、私達の心にあるものをご覧になって報いてくださる神様がおられるのです。
当時、施しをする時、偽善者たちは人にほめてもらおうと、会堂や通りでラッパを吹き鳴らし、宗教指導者たちは自分たちが敬虔であることを見せるために、会堂と大通りの角に立って祈ることを好みました。しかし、施しも、祈りも、隠れたところにおられる父なる神様のみ前でしなければなりません。特に、祈りは神様との秘密の会話です。つらい心を密かに吐き出す時、神様は私の傷ついた心に触れ、慰めてくださいます。密かに罪を告白して、赦しを求める時、罪の赦しの恵みをくださいます。イエスさまの弟子たちは、同じことばを繰り返す異邦人の祈りを見習ってはなりません。神様は、私たちが求める前から私たちに必要なものを知っておられます。それでも、私たちが求めるようにされるのは、祈りが神様との関係を結ぶ通路であるからです。断食する時、偽善者たちのように暗い顔をしてはいけません。主の弟子は、隠れたところで見ておられる神様の御前に生きなければなりません。人からの報いの代わりに、神様からの報いに望みを置かなければなりません。イエスさまの弟子は、密かに敬虔な生活をする者です。
祈り:主よ、人に見せるためではなく、あなたの御前で、あなたの報いだけを求めて、真実に生きるように助けてください。
一言:隠れたところでの善行と祈りを、神様は喜んでおられる
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。

