□2月4日(水)
まず神の国と神の義を求めなさい
マタイの福音書6:19-34(33)
聖書本文
6:19 自分のために、地上に宝を蓄えるのはやめなさい。そこでは虫やさびで傷物になり、盗人が壁に穴を開けて盗みます。
6:20 自分のために、天に宝を蓄えなさい。そこでは虫やさびで傷物になることはなく、盗人が壁に穴を開けて盗むこともありません。
6:21 あなたの宝のあるところ、そこにあなたの心もあるのです。
6:22 からだの明かりは目です。ですから、あなたの目が健やかなら全身が明るくなりますが、
6:23 目が悪ければ全身が暗くなります。ですから、もしあなたのうちにある光が闇なら、その闇はどれほどでしょうか。
6:24 だれも二人の主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛することになるか、一方を重んじて他方を軽んじることになります。あなたがたは神と富とに仕えることはできません。
6:25 ですから、わたしはあなたがたに言います。何を食べようか何を飲もうかと、自分のいのちのことで心配したり、何を着ようかと、自分のからだのことで心配したりするのはやめなさい。いのちは食べ物以上のもの、からだは着る物以上のものではありませんか。
6:26 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。それでも、あなたがたの天の父は養っていてくださいます。あなたがたはその鳥よりも、ずっと価値があるではありませんか。
6:27 あなたがたのうちだれが、心配したからといって、少しでも自分のいのちを延ばすことができるでしょうか。
6:28 なぜ着る物のことで心配するのですか。野の花がどうして育つのか、よく考えなさい。働きもせず、紡ぎもしません。
6:29 しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも装っていませんでした。
6:30 今日あっても明日は炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこのように装ってくださるのなら、あなたがたには、もっと良くしてくださらないでしょうか。信仰の薄い人たちよ。
6:31 ですから、何を食べようか、何を飲もうか、何を着ようかと言って、心配しなくてよいのです。
6:32 これらのものはすべて、異邦人が切に求めているものです。あなたがたにこれらのものすべてが必要であることは、あなたがたの天の父が知っておられます。
6:33 まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。
6:34 ですから、明日のことまで心配しなくてよいのです。明日のことは明日が心配します。苦労はその日その日に十分あります。
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 許諾番号 4-1009-2
日毎の糧
わたしたちは、イエス様の弟子としての生活をしていても、日々の生活の心配をしてしまいがちです。そして、生活を心配するあまり、熱心に地上に宝を蓄えるようになります。それが自分の今や老後を保証してくれると思います。しかし、地上に蓄えた宝は盗難にあったり、さびで傷物になったりします。そして、宝に執着していくうちに、目と全身が暗くなり、健康も失い、生涯さまようようになります。また、神様よりも宝にもっと頼る偶像崇拝者になってしまいます。このような過ちに陥ってしまわないためには、宝を地上に蓄えるのをやめ、永遠に保証してくれる天に宝を蓄える必要があります。地上の財産の本当の所有者は、私ではなく神様である、という認識を持たなければなりません。私たちは、財産を神様から任された管理者でしかありません。そして、任された財産を用いて主に任された働きをする者なのです。
神様は、種蒔きもせず、刈り入れもしない空の鳥をも食べさせてくださいます。働きもせず、紡ぎもしない野の花をも育て、装ってくださいます。それで、日々の生活を心配し、宝に執着することよりも、神様を信じ、ゆだねなければなりません。私たちがすることは、心配せずに、まず神の国と神の義を求めることです(33)。「神の国」とは、何か領土のようなものではなく、神様のご支配を意味します。「神の義」とは、イエスさまが人間の全ての罪を背負ったことで私たちにたまわれた義を指します。ですから、「まず神の国を求める」とは、自分が王となって全てをコントロールしようとしないで、神様に王となって頂き、委ねることです。そして、「まず神の義を求める」とは、自分の義によって生きようとしないで、イエス様によって勝ち取られた義を信じて、神様の恵みの中で生きることです。このような優先順位と方法が、イエス様について行く弟子たちの生活の原則です。
祈り:主が私の王となり、私の心も生活も、全てを治めて下さい。どんな時にもイエス様の義にもとづいて、神さまの愛と恵みの中で生きるように助けてください。
一言:まず求めるべきは、神の国と神の義
【日ごとの糧】(daily bread)とは
【日ごとの糧】は個人的に、毎日欠かさず聖書を黙想し、生活と一体化するよう助ける案内書です。今日の御言葉を毎日黙想するためのQT教材です。
三ヶ月ごとに定期的に出版し、4年間で聖書全巻を学ぶことができるように編集されています。
教会の早朝祈り会、家庭礼拝、その他の集まりで今日の御言葉として活用されています。
特に、このような集まりで受けた御言葉の恵みを書いてお互いに発表すれば、聖徒の交わりと信仰の成長に大きな助けとなります。
弊宣教会は1968から【日ごとの糧】を出版しており、現在も複数のスタッフ(幹事、牧師)によって執筆され、3ヶ月ごとに定期的に出版しております。日本UBFの日ごとの糧は、英語・韓国語の日ごとの糧を元に翻訳・編集されたものです。

